東京高等裁判所 昭和36年(ネ)531号 判決 1967年3月27日
主文
一、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
二、被控訴人は控訴人に対し、左記の各登記の抹消登記手続をせよ。
(1) 別紙目録記載(一)の不動産につき、前橋地方法務局大泉出張所昭和三十二年五月二日受付第一、五六八号をもつてされた同年四月三十日付売買を原因とする所有権移転登記
(2) 別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産につき、前記地方法務局出張所昭和三十三年十二月五日受付第二、七一四号をもつてされた同日付金銭消費貸借および抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記および前記地方法務局出張所同日受付第二、七二四号をもつてされた同日付停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記
三、控訴人の当審における金員支払の請求を棄却する。
四、被控訴人の反訴請求を棄却する。
五、第一、二審の訴訟費用は、本訴反訴の費用とも四分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は、「一、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。二、被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載(一)の不動産につき前橋地方法務局大泉出張所昭和三十二年五月二日受付第一、五六八号をもつてされた同年四月三十日付売買を原因とする所有権移転登記(以下(い)の登記という。)の抹消登記手続をせよ。三、被控訴人は控訴人に対し、金百九十六万七千九百六十二円およびこれに対する昭和三十九年十一月十七日から支払ずみまで年五分の金員の支払をせよ。四、被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産につき、前記地方法務局出張所昭和三十三年十二月五日受付第二、七一四号をもつてされた同日付金銭消費貸借および抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記(以下(ろ)の登記という。)、同地方法務局出張所昭和三十三年十二月五日受付第二、七二四号をもつてされた同日付停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記(以下(は)の登記という。)の各抹消登記手続をせよ。五、被控訴人の反訴請求を棄却する。六、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴人の金員支払の請求を棄却する。」との判決を求めた。
控訴人訴訟代理人は、本訴の請求原因として、および被控訴人の主張および反訴の請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一、(一)別紙目録記載(一)の不動産は控訴人の所有であるところ、右不動産には、被控訴人のため(い)の登記が経由されている。しかし控訴人は、右不動産を被控訴人に売渡したことはなく、右登記は、その原因を欠く不実の登記である。
よつて、控訴人は、被控訴人に対し、右不動産所有権に基づき、(い)の登記の抹消登記手続を求める。
(二) (い)の登記の登記原因に関する被控訴人の主張事実中、控訴人が昭和三十年ころまでに被控訴人から金二十五万円を借受けたことは認めるがその余は否認する。
控訴人は、昭和三十一年二月一日被控訴人から金百万円を利息年二割、弁済期昭和三十二年一月三十日の約で借受けたが、昭和三十二年四月末ころ、被控訴人の求めにより、右債権の担保として前記不動産上に抵当権を設定することを約したうえ、被控訴人に対し、「控訴人の印を預けるから、これを使つて司法書士時岡竹夫に右抵当権設定登記申請手続をたのんでほしい。」旨を述べて、控訴人の印を被控訴人に託した。ところが被控訴人は、右依頼の趣旨に反し、控訴人が前記不動産を売渡担保の目的に供することを承諾し、その旨の登記申請を依頼するのであるもののように右司法書士に申向けたため、同司法書士が控訴人の代理人なりとして不実の登記申請をし、その結果(い)の登記が経由されるに至つたものである。
二、(一)別紙目録記載(二)の不動産はもと控訴人の所有であり、控訴人は、昭和三十一年七月十八日足利信用金庫のため同金庫の株式会社相良商店に対する債権極度額金百万円の当座貸越契約上の債権を担保するため、右不動産上に根抵当権を設定し、同月二十四日その旨の登記を経たが、被控訴人は右不動産につき、右根抵当権に基づく申立によつて開始された増価競売手続において、代金三百万円で最高価競買の申出をし、昭和三十四年十月十二日競落許可決定を受けた。
ところで、被控訴人は、控訴人が右不動産を被控訴人に売渡したことがないのに、前橋地方法務局大泉出張所昭和三十二年十一月七日受付第三、二五一号をもつて同月六日付売買を原因とする被控訴人のための所有権取得登記を経て、登記簿上、右抵当不動産の第三取得者のようになつており、競落代金から手続費用と債権額とを控除した残余の交付を受け得る立場にあつたので、前記競落代金の支払にあたつては代金三百万円中競売手続費用金三万二千三十八円と足利信用金庫の抵当債権額金百万円との合計金百三万二千三十八円相当部分を支払つただけで、その余は差引計算の結果、払込みをすることなく右不動産所有権を取得するに至つた。すなわち、被控訴人は、もともと、右不動産の所有者ではなかつたのであるから、競落によりその所有権を取得するには、前記競落代金三百万円全額の支払を要したものであつて、右代金から前記金百三万二千三十八円を控除した残余の金百九十六万七千九百六十二円は、当然右不動産の真実の所有者である控訴人が取得すべきものであつたところ、控訴人は以上の経過により右残余金の交付を受けることができず、ために同額の損害を被つたのであるから、結局、被控訴人は法律上の原因なくして控訴人所有の右不動産により右残余金相当の利得を受け、控訴人に同額の損害を与えたというべく、したがつて、これを控訴人に返還すべき義務を負うものであつて、控訴人は、昭和三十九年十一月十六日到達の準備書面でその支払の請求をした。よつて、控訴人は被控訴人に対し、右不当利得金百九十六万七千九百六十二円およびこれに対する昭和三十九年十一月十七日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。
(二) 右不動産についてされた被控訴人のための前記所有権取得登記の登記原因に関する被控訴人の主張事実中、被控訴人が昭和三十一年二月一日控訴人に金百万円を弁済期一年後と定めて貸与し、同時に控訴人から右不動産の登記済権利証、控訴人の白紙委任状、印鑑証明書の交付を受けたことは認めるが、控訴人が右金借に際し、またはその後において、被控訴人に対し、借用金を期限に弁済しないときは、被控訴人が右不動産を任意に処分して貸金の弁済にあてることを承諾したことは否認する。
控訴人は、右金借に際し、その担保として右不動産上に抵当権を設定することを約し、その登記に必要な前記権利証等の書類を被控訴人に交付したものであるところ、右不動産については、被控訴人が抵当権の登記をしないでいるうち、控訴人が足利信用金庫のため根抵当権を設定し、ついでその所有者名義を被控訴人主張のように控訴人の妻セイに変更するなど、被控訴人の予期しないことが起つたため、被控訴人が立腹して前記の権利証、白紙委任状および控訴人が昭和三十二年九月中被控訴人に交付した印鑑証明書(これは、控訴人が被控訴人から、被控訴人が競落して所有権を取得したものと控訴人所有の動産を賃借するに際し、公正証書を作成する必要があるからとして要求され、交付したものである。)を冒用して一方的に売買を原因とする所有権取得登記を経るに至つたのであり、右登記は実体に合致しないものである。
かりに、控訴人が前記金百万円の貸借に際し、債務不履行のときは被控訴人が任意に右不動産を処分し、貸金の弁済にあててよいと承諾したとしても、右不動産は、被控訴人がこれに買取つたという昭和三十二年十一月当時、時価金五百万円を下らないものであつたから、被控訴人がこれをわずか金八万円と評価し、その価額が代金なりとして自ら買受けた行為は、著しく信義に反するものであつて、その効力がない。
被控訴人主張の相殺の抗弁に関する事実中、被控訴人が昭和三十一年二月一日控訴人に対し、金百万円を利息年一割五分の定めで貸渡したことは認めるが、その余は争う。
三、(一)別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産は、いずれも控訴人の所有であるところ、控訴人は、昭和三十三年十二月中、長谷川友治郎から山林買受資金二百五十万円を控訴人に貸渡すという約束を得たので、同月五日長谷川との間で、右貸渡金につき弁済期昭和三十四年四月五日、利息年一割五分と定めたうえ、その弁済を担保するため、右各不動産につき抵当権を設定し、かつ、右貸渡金を期限に弁済しないときは長谷川がその一方的意思表示により弁済に代えてその取得権を所得することができる旨の代物弁済の予約を締結して、同日長谷川のため(ろ)(は)の各登記を経由した。
しかし長谷川は、約旨にしたがい金二百五十万円を控訴人に貸渡すことはしなかつたから、右抵当権設定契約および代物弁済の予約はその効力がなく、(ろ)(は)の各登記はいずれも実体に合致しないものである。ところで、被控訴人は、昭和三十四年八月三日長谷川から右貸金債権とともに右抵当権および代物弁済の予約に基づく所有権移転請求権を譲受けたとして右(ろ)(は)の各登記につきそれぞれ権利移転の附記登記を経ている。
よつて、控訴人は被控訴人に対し、右各不動産の所有権に基づき、実体に合致しない(ろ)(は)の各登記抹消登記手続を求める。
(二) 被控訴人主張の事実中、長谷川が控訴人に対し金二百五十万円に達するまで逐次全員の貸付を行うことを約したこと、長谷川が右金員貸付の約定に基づき金二十九万三千円を控訴人に貸渡したことおよび控訴人が右金二十九万三千円につき前記抵当権が実行され、または代物弁済の予約が完結されても異議がない旨を約したことは、いずれも否認する。もつとも、長谷川は、右抵当権設定契約後、控訴人に対し計金二十万円を貸与し、控訴人のため抵当権設定登記費用および山林見分のための費用等金四万二千五百円を立替支出したほか、右抵当権設定前からの旧債として控訴人に対し金五万円の債権を有するものであるが、これらの計金二十九万二千五百円は、いずれも長谷川が前記金二百五十万円の内金として支出したものでないから、かりに右金二百五十万円の貸借およびその担保のための前記の契約が被控訴人主張の趣旨でされたものとしても、右抵当権の被担保債権たり得ないものである。また、かりに右金二十九万二千五百円が金二百五十万円の貸金の内金であるとしても、前記代物弁済の予約は、金二百五十万円の貸渡しが実際に行われることを前提とするものであるから、その大部分の金銭の授受がなかつた以上、その効力を有しないものである。
(三) かりに長谷川が控訴人に対し、前記抵当権によつて担保される何らかの債権を有し、被控訴人が長谷川からその譲渡を受けたとしても、控訴人は、昭和三十八年二月二十八日被控訴人に金百万円を交付し、これにより被控訴人譲受の債権は全部弁済ずみとすることを被控訴人との間で合意した。
かりに右主張が理由がなく、被控訴人が前記抵当権で担保される計金二十九万二千五百円の債権を譲受け、その権利者であるとしても、控訴人がその元利金を弁済のため現実に提供したところで被控訴人がこれを受領しないことが明白であつたので、控訴人は、昭和三十九年十一月十日、被控訴人の住所地の供託所に、右金二十九万二千五百円とこれに対する昭和三十三年十二月五日の供託の日までの年一割八分の割合による利息および損害金との計金六十万四千八百九十円を弁済供託した。これによつて右債権は消滅した。なお、被控訴人が右供託前にその主張のとおり代物弁済の予約完結の意思表示をしたとしても、その効力を生じなかつたことはさきに述べたところから明らかであるから、右供託は有効である。
かりに以上の主張が理由がないとしても、控訴人は被控訴人に対し、昭和三十九年十一月十六日の本件口頭弁論期日において、請求原因二で述べた控訴人の被控訴人に対する金百九十六万七千九百六十二円の不当利得返還請求権をもつて被控訴人の譲受債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたから、これにより被控訴人の債権は消滅した。
以上のとおりで、被控訴人の前記抵当権は被担保債権の消滅により消滅に帰したものであり、したがつてまた被控訴人が前記代物弁済予約上の権利者であつたとしても、その権利も消滅したわけであるから、被控訴人は控訴人に対し、実体を伴わない(ろ)(は)、の各登記の抹消登記手続をすべき義務がある。
四、被控訴人主張の反訴請求原因事実中、被控訴人が別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産につきその主張の附記登記を経たこと、被控訴人がその主張のとおり代物弁済の予約完結の意思表示をしたことはいずれも認めるが、その余は争う。控訴人と長谷川との間の代物弁済の予約がその効力を有しないものであり、しかも被控訴人の前記譲受債権が全部消滅したものであることはさきに述べたとおりであるから、右予約が有効であることを前提とする被控訴人の主張は失当である。
被控訴人は、本訴の請求原因に対する答弁および抗弁として左記一、二、三のとおり、反訴の請求原因として左記四のとおり述べた。
一、控訴人主張の一の(一)の事実中、控訴人の所有であつた別紙目録(一)の不動産につき(い)の登記が経由されていることは認めるが、その余は争う。
被控訴人は、昭和三十年中までに控訴人に対し、金三十万円を貸渡し、その元利は昭和三十一年二月一日当時金七十五万三千円であつたところ、控訴人は、昭和三十二年四月三十日被控訴人に対し、右貸金元本金三十万円のため控訴人所有の右不動産を担保に供することを約したうえ、「控訴人の頼みつけの司法書士時岡武夫と相談して一番確実と思われる方法で右不動産を担保とする登記をしてほしい。」旨を述べ、同日、控訴人の妻セイを被控訴人とともに時岡方におもむかせ、セイをして時岡に登記申請を依頼させた。そこで被控訴人は控訴人の申出どおり担保の方法を時岡と相談したうえ、右不動産を、昭和三十二年六月三十日までに買戻すことができる旨の特約付で被控訴人が買受ける、という約定の譲渡担保として取得することとした。その結果、時岡が控訴人、被控訴人の双方を代理してその旨の登記を申請し、(い)の登記がされることとなつた。以上のとおりで、控訴人は右不動産を右のような譲渡担保に供することを承諾していたものとなるべきであるから、右登記は、実体に合致するものである。
二、控訴人主張の二の(一)の事実のうち、別紙目録記載(二)の不動産がもと控訴人の所有であり、控訴人がその主張のとおり右不動産に足利信用金庫のため債権極度額金百万円の根抵当権を設定し、その旨の登記を経たこと、右不動産につき右根抵当権に基づく増価競売手続が開始され、被控訴人が控訴人主張のとおり代金三百万円で最高価競買の申出をし、競落許可決定を受けたこと、右不動産につき控訴人主張のとおりの売買を原因とする被控訴人のための所有権取得登記が経由されていることはいずれも認めるが、被控訴人が控訴人主張の金員を不当に利得したことは争う。
被控訴人は、昭和三十一年二月一日控訴人に対し金百万円を弁済期一ケ年後と定めて貸渡したが、控訴人はその金借にあたり、右不動産を金借の担保に供することを約するとともに、被控訴人に対し、「弁済期に弁済がないときは、被控訴人が右不動産を任意に処分して貸金の弁済にあてても異議がない。」旨を述べて、右不動産の名義書替に必要な登記済権利証、白紙委任状、印鑑証明書を被控訴人に交付した。ところで、被控訴人は、控訴人の希望により右不動産につき担保のための登記をしないままでいたところ、控訴人は、被控訴人にはかることなく、昭和三十一年七月足利信用金庫のため右不動産上に控訴人主張のような根抵当権を設定し、ついで昭和三十二年三月控訴人の妻セイに右不動産を贈与してそれぞれその旨の登記を経るという行為に出た。そして、同年四月十七日、右不動産につき、被控訴人不知の間に、秋田銈作および中林順一郎のため、債権額を金百二十万円とする抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約が締結され、その旨の登記がされるに至つた。そこで被控訴人は控訴人に対しその不信行為を責めたところ、控訴人は、改めて右不動産の処分を被控訴人に一任する旨を確約したので、被控訴人は、控訴人の妻セイに対する右贈与につき、詐害行為取消訴訟を提起して勝訴の確定判決を得たうえ、右贈与登記の抹消を受けるとともに、昭和三十二年十一月六日、控訴人との上記の約定に基づき、右不動産を処分して被控訴人の前記貸金債権の一部を回収することとし、被控訴人自身が右不動産を代金八万円で買受けてその所有権を取得したうえ、その旨の登記を経るに至つたものである。右不動産は、当時、上記のように他の債権者の多額の債権の担保に供されていたから、無価値に等しかつたが、被控訴人は、登記所が査定した評価額金八万円をもつて買受けたものであり、右価格は決して安きにすぎるものではない。したがつて右の売買による所有権の取得をもつて信義則に反するものとすべきではない。
右のとおりで、右不動産について被控訴人のためにされた売買を原因とする所有権取得登記は、実際の権利関係に合致するものであるから、被控訴人が右不動産の所有権を取得したことがなく、右登記が不実のものであることを前提とする被控訴人の請求は失当である。
かりに、控訴人が被控訴人に対し、控訴人主張の不当利得返還請求権を有するとしても、被控訴人は、昭和三十一年二月一日、控訴人に対し金百七十五万三千円を、利息年一割五分、期限後の損害金年三割、弁済期昭和三十二年三月三十一日と約して貸渡し、この貸金の元利金およぴ損害金は、昭和三十九年一月一日現在合計金五百六十六万九千五百九十九円となるところ、被控訴人は、昭和四十年六月二十八日の本件口頭弁論期日でこの債権をもつて控訴人が有するとする不当利得債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたから、控訴人の右債権は、これにより消滅した。
三、(一)控訴人主張の三の(一)の事実のうち、控訴人がその主張のころ長谷川から金二百五十万円の融資の約束を得て、昭和三十三年十二月五日、長谷川との間で右貸金の弁済期利息につき控訴人主張のとおりの定めをしたうえ、控訴人所有の別紙目録(三)ないし(七)の各不動産につき抵当権を設定し、かつ控訴人主張どおりの代物弁済の予約を締結して、(ろ)、(は)の各登記を経由したこと、被控訴人が控訴人主張のとおり右各登記につきそれぞれ権利移転の附記登記を経たことはいずれも認めるが、その余は争う。
長谷川友治郎は、控訴人に金二百五十万円を融資することを約束したが、それは右金員全額を一時に貸与することを約したものではなく、控訴人が山林購入資金とするため、総額二百五十万円に達するまで逐次金員を貸渡すことを約したものであつたところ、長谷川は、昭和三十三年十二月ころ、右融資の約束により金二百五十万円の内金として計金二十九万三千円を貸与した。しかし、控訴人は、その後前記各不動産に差押を受けるような事態となつたので、長谷川との間で、その余の金員の貸借は中止する旨およぴ右金二十九万余円の借受金の弁済がないときは前記抵当権が実行され、または前記代物弁済の予約が完結されても異議はない旨を約した。したがつて、前記抵当権およぴ代物弁済予約上の権利はいずれも実際に貸渡した右貸金の元利を担保とするものとして有効である。そして、被控訴人は昭和三十四年八月三日長谷川から右貸金債権とともに前記抵当権およぴ代物弁済予約上の権利を譲受け、長谷川のした右債権譲渡の通知は、そのころ控訴人に到達した。
(二) 控訴人主張の三の(三)の事実のうち、控訴人がその主張の金員をその主張のとおり弁済供託したことは認めるが、その余は争う。
控訴人主張の弁済委託は、被控訴人が反訴請求原因で主張するように、昭和三十五年六月十三日前記代物弁済の予約を完結して右各不動産所有権を取得した後にされたものであるから、その効力がない。また、控訴人は、供託前に弁済の提供をしなかつたばかりでなく、供託金中利息の部分は、従前被控訴人が再三貸金の元利の請求をしてきたから複利計算によるべきであるのに、それによらないものであつたから、いずれにせよ、供託としての効力はない。
四、被控訴人が、昭和三十四年八月三日、長谷川友治郎から、前記貸金二十九万三千円の元利金債権とともに、別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産についてされた前記代物弁済予約上の権利を譲受けてその旨の附記登記を経たことは上記のとおりであるところ、控訴人は約定の期限にその債務を弁済しなかつたから、被控訴人は、右代物弁済の予約に基づき、控訴人に対し、昭和三十五年六月十三日到達の本件反訴状をもつて予約完結の意思表示をし、これにより右各不動産の所有権を取得するに至つた。よつて、被控訴人は控訴人に対し、右各不動産につき(は)の仮登記の本登記として代物弁済を原因とする所有権移転登記手続を求めるため、反訴請求に及ぶ。
(証拠関係)(省略)
理由
一、(い)の登記の抹消登記手続の請求について。
別紙目録(一)記載の不動産が控訴人の所有であつたところ、被控訴人が右不動産につき(い)の登記を経ていることは、当事者間に争いがない。
そこで、右登記の登記原因に関する被控訴人の主張について判断する。
被控訴人は、まず、被控訴人が昭和三十年中までに控訴人に対し金三十万円を貸渡し、この元利は昭和三十一年二月一日当時金七十五万三千円あつたと主張し、控訴人は昭和三十年ころまでに控訴人が被控訴人から借受け金員は計金二十五万円であるとするものであるところ、被控訴人は、当審における本人尋問で、「被控訴人は控訴人に対し、昭和二十七年ころ金十二万円、ついで金五万円、その後何回かにわたり計金十三万円、以上合計金三十万円を貸渡し、さらに昭和三十二年二月一日金百万円を貸与したが、最後の百万円を貸した当時、右金三十万円の元利は計金七十五万三千円となつたので、総計金百七十五万三千円につき昭和三十二年三月九日控訴人との間で弁済期同年三月三十日と定めて甲第七号証の公正証書を作つてもらつた。」旨供述し、被控訴人が昭和三十一年二月一日控訴人に金百万円を貸与したことは後記のとおりであり、真正にできたことに争いのない甲第七号証の公正証書には、被控訴人が昭和三十一年二月一日控訴人に金百七十五万三千円を貸渡した旨の記載がある。
しかしながら、被控訴人は、原審第一回本人尋問では「被控訴人が昭和二十五年ごろ数回にわたつて貸付けた貸金元本は計金五十万円である。」旨供述する一方、控訴人は、原審第一回本人尋問で、「控訴人は昭和二十五、六年ころ被控訴人から二回にわたり計金十七万円を借受けた。」旨、当審における本人尋問で「控訴人は昭和二十六、七年ころ金十二万円と五万円、その後金八万円を借受けた。」旨供述し、それぞれ当審における被控訴人本人の供述と食いちがいをみせているのであつて、以上の各供述はいずれもその裏づけとなる資料はなく、たやすくその一つを採用して被控訴人のいう旧債権の元本額を認定するに足りる証拠とすることはできない。また前記甲第七号証と当審における控訴人およぴ被控訴人各本人の供述とによると、前記公正証書は被控訴人と控訴人の代理人星野博明(被控訴人の実弟)とか作成を嘱託してできたものであり、同証書にある金百七十五万三千円という金額については、控訴人が事前に了承していたものではないことが認められるほか、右金員中金七十五万三千円が旧債権の元利であるとしても、その内訳がどのようなものであるかは、右甲号証のうえからは知ることができない。そして、ほかに被控訴人主張の旧債権たる貸金元本を明らかにするに足りる証拠はないから、控訴人が前記金百万円の借受前に被控訴人から何がしの金借をしていたとしても、その貸金元本が金三十万円であつたとすることはできない。
次に、かりに被控訴人のいう旧債権たる貸金債権の元本額が金三十万円であつたとして、控訴人が被控訴人が主張するように右元本債権の担保として別紙目録(一)の不動産を提供することを約し、「一番確実な担保の登記」をするよう被控訴人に依頼したという事実があつたかどうかについて検討する。
控訴人が右不動産を被控訴人からの借用金の担保に供することを約したことおよび、司法書士時岡竹夫が控訴人の代理人なりとして登記の申請をした結果、(い)の登記が経由されたことは、当事者間に争いのないところである。そして、原本の存在することおよび控訴人名下の印影が控訴人の印によつて顕出されたことに争いのない甲第六号証の三(委任状の写し)には、「控訴人が昭和三十二年四月三十日右不動産を、同年六月三十日までに買戻すことができる旨の特約付で被控訴人に売渡したから、その旨の登記申請について一切の行為を右司法書士に委任する。」旨の記載があり、さらに控訴人名下の印影が控訴人の印によつて顕出されたことに争いのない乙第二号証(売渡証書)には、「控訴人が昭和三十二年四月三十日被控訴人に対し、同年六月三十日までに貨戻すことができる旨の特約付で、代金四十万円として右不動産を売渡し、被控訴人は右代金を受領した。」旨の記載がみられる。
しかしながら、右甲号証も乙号証もともにその内容が控訴人の承諾を得たうえで記載されたものではなく、被控訴人主張の事実を認めるに足りる証拠としがたいことは後記のとおりであり、また、原審証人時岡竹夫、原審(第一、二回)および当審における控訴人本人の各供述中被控訴人の主張にそう趣旨の部分は、原審(第一、二回)および当審における控訴人本人の供述に照らしてにわかに採用しがたいところであり、ほかに、控訴人が被控訴人主張のような依頼ないし約束をしたことを認めるに足りる証拠はない。
かえつて、右甲第六号証の三、原本が存在し、かつ真正にできたことに争いのない同号証の一、二と、原審証人時岡竹夫、高山セイ、原審(第一、二回)および当審における控訴人本人の各供述とをあわせて考えると、次の事実が認められる。
控訴人は、昭和三十一年二月一日被控訴人から金百万円を借受け、その際、右借受金の担保として、別紙目録記載(二)の不動産につき抵当権の設定を約したが、被控訴入がその登記手続をしないでいるうち、さらに右不動産上に、足利信用金庫の株式会社相良商店に対する債権極度額金百万円の当座貸越契約上の債権の担保として根抵当権を設定し、同金庫のため順位一番の根抵当権設定登記を経た。被控訴人は、このことを知つて控訴人に増担保の提供方を求めたので、控訴人は、これに応じ、昭和三十二年四月末日、右金百万円の借受金の担保とする趣旨で、別紙目録(一)の不動産ほか宅地一筆、建物一棟を担保として提供することとし、別紙目録(一)の不動産については抵当権を設定することを約したうえ、司法書士時岡竹夫にその旨の登記申請を依頼すべく、控訴人の印を被控訴人に託するとともに、控訴人の妻セイを被控訴人と同道して時岡方におもむかせた。ところが、被控訴人は、セイが時岡に「登記の手続をよろしくたのむ。」旨述べて同人方を辞去したのち、時岡に「一番確実な担保は何か。」とたずねて同人の意見をきいたうえ、買戻の特約付売買の方法で右不動産の所有権移転登記を受けることとし、時岡にその旨の登記の申請を依頼したので、時岡は、被控訴人のいうまま、被控訴人が所持する控訴人の印を用いて前記甲第六号証の三の原本(委任状)を作成し、その他の必要書類をもととのえたうえ、同年五月二日控訴人、被控訴人の双方を代理して登記を申請した結果、(い)の登記が経由されるに至つた。なお、時岡は、右甲号証作成の際、被控訴人の求めにより、右登記申請書類とは別に乙第二号証の売渡証書をも作成したが(この書面の控訴人名下にも同じく被控訴人の所持していた控訴人の印が使用された。)、右甲号証および乙号証とも、その記載内容は控訴人の関知しないものであつた。このように認められる。
右認定の事実によると、控訴人は、被控訴人に対して別紙目録(一)の不動産につき抵当権を設定することは約したが、被控訴人が主張するように設定すべき担保の種類を被控訴人に一任するような趣旨の約束をしたことはなかつたものといわなければならない。真正にできたことに争いのない甲第十八、十九号証によると、控訴人が右不動産とともに被控訴人に提供した担保物件である前記の宅地建物については、それぞれ被控訴人のため、抵当権設定登記のほか、金二十万円の債権を期限に弁済しないときは、代物弁済としてその所有権を移転する旨の停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転登記請求権保全の仮登記が経由されたことが認められるが、このことから、別紙目録(一)の不動産について当然に被控訴人主張のような約定がされたと推認することができない。なお、被控訴人は、当審における本人尋問で、「別紙目録(一)の不動産は被控訴人が旧債権の貸金元本三十万円の譲渡担保としてその所有権の移転を受けたものであるが、控訴人は登記された買戻期間内に右債権の弁済をしなかつたから、右不動産は被控訴人の所有に確定し、被控訴人の旧債権の元利金七十五万三千円は四十五万三千円となつた。」旨供述しているにかかわらず、甲第十七号証(真正にできたことに争いがない)および同第八号証の一、二(原本が存在し、真正にできたことに争いがない。)によると、被控訴人は、昭和三十二年八月には旧債権が金七十五万三千円残存するとして控訴人所有の有体物産に対し、さらに昭和三十三年十二月には旧債権がなお金六十九万四千余円残存するとして控訴人所有の不動産に対しそれぞれ強制執行の挙に出ており、被控訴人がすでに消滅したと供述している右貸金元本金三十万円を被控訴人のいう旧債権から全く控除していないことが明らかであるから、このような事実に徴すると、被控訴人自身、果して別紙目録(一)の不動産につきその主張のような譲渡担保として提供を受ける意図のもとに(い)の登記を受けるに至つたものであるかすらもすこぶる疑わしいところとしなければならない(被控訴人本人は、右のように金三十万円を控除しなかつたのは右不動産上の先順位の抵当権者の債権を被控訴人が代位弁済したためであり、金三十万円を控除しないことにつき控訴人の同意を得た旨供述(当審)するけれども、控訴人がこのような同意を与えたことは、当審における控訴人本人の供述の趣旨に照らし、とうてい認めがたい。)。
以上のとおりで、控訴人は被控訴人に対し右不動産を被控訴人主張のような約定の譲渡担保に供することを約した事実はないから、右不動産についてされた(い)の登記は実体に合致しないものというべく、被控訴人に対し、右不動産所有権に基づき右登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は、正当として認容すべきである。
二、不当利得の返還請求について。
(一) 別紙目録記載(二)の不動産がもと控訴人の所有であり、控訴人がその主張のとおり足利信用金庫のため債権極度額金百万円の根抵当を設定し、その旨の登記を経たこと、右不動産につき右根抵当権に基づく増価競売手続が開始され、被控訴人が代金三百万円で最高価競売の申出をし、競落許可決定を受けたこと、右不動産につき控訴人主張のとおりの売買を原因とする被控訴人のための所有権取得登記が経由されていることは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) そこで、右不動産についてされた被控訴人のための右登記原因に関する被控訴人の主張について考える。
被控訴人が昭和三十一年二月一日控訴人に対し金百万円を弁済期一年後と定めて貸渡したこと、その際、控訴人が右不動産を右金借の担保に供することを約して右不動産の登記済権利証、控訴人の白紙委任状および印鑑証明書を被控訴人に交付したことは、当事者間に争いがない。
ところで、被控訴人は、控訴人は右金借にあたり、「弁済期に弁済がないときは被控訴人が右不動産を任意に処分して貸金の弁済にあてても異議はない。」旨を約したと主張するけれども、原審における被控訴人本人の供述(第一、二回)中右主張にそう趣旨の部分は、次に掲げる証人および控訴人本人の各供述に照らしてにわかに採用しがたく、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、原審証人新井富義、当審における控訴人本人、原審における被控訴人本人(第二回)の各供述をあわせ考えると、控訴人は、前記の金借にあたり右不動産上に抵当権を設定することを約したが、被控訴人が主張するような趣旨の約束をしたことはないことがうかがわれる。
次に、被控訴人が右不動産につき前記貸金担保のための登記を経ないでいるうち、控訴人が足利信用金庫のために根抵当権を設定してその旨の登記を経たことは上記のとおりであり、ついで右不動産が贈与を原因として控訴人の妻セイの名義に変更されたことは当事者間に争いがなく、真正にできたことに争いのない甲第二十号証によると、その後右不動産につき秋田銈作および中林順一郎のため被控訴人主張の各登記が経由されたことを認めることができる。そして、真正にできたことに争いのない乙第三号証の一、二、三と原審における被控訴人本人の供述(第二回)とによると、以上の各登記はいずれも被控訴人不知の間に行われたものであつたところから、このことを知つた被控訴人は、控訴人の不信義を責め、控訴人から控訴人の妻セイ名義の右不動産の登記済権利証、同人の白紙委任状およぴ印鑑証明書の交付を受けたことを認めることができる。しかしながら、控訴人が右のように被控訴人から不信義を責められるにおよび、改めて右不動産の処分を被控訴人に一任する旨を約したことについては、原審における被控訴人本人の供述(第二回)中この点に関する部分は、当審における控訴人本人の供述に照らして採用しがたく、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、右控訴人本人の供述(当審第二回)と本件弁論の全趣旨とをあわせ考えると、控訴人は右不動産が当時控訴人の妻の所有名義となつていたところから、被控訴人が当初の約定どおり、ただちに右不動産上に抵当権設定登記が受けられるよう、妻名義の前記権利証その他の書類を被控訴人に交付したものであり、改めて被控訴人主張のような右不動産の処分を一任する旨の確約を与えたものではないことがうかがわれるのである。
右のとおりで、控訴人が「債務不履行の場合は右不動産の処分を被控訴人に一任する。」旨を約したことは認められないのであるから、被控訴人が、その主張のように右不動産につき控訴人の妻名義の登記の抹消を受けたうえ、被控訴人自身がこれを買取るという方法で右不動産の処分をしたとしても、これによつて被控訴人がその所有権を取得するに由ないものといわなければならない。甲第五号証の二(原本の存在することおよび控訴人名下の印影が控訴人の印によつて顕出されたことは当事者間に争いがない。)の委任状は、控訴人が前記金借にあたつて被控訴人に交付した上記の白紙委任状に被控訴人の一方的意思による委任事項が補充されてできたものであること、被控訴人が右不動産につき所有権移転登記を受けるに至つた経過として主張するところに徴して明らかであるから、これによつて前記認定を動かすに足りるものではなく、ほかに右認定を左右する証拠はない。
してみると、被控訴人が右不動産について経た売買による所有権取得登記は、他の点につき言及するまでもなく、その原因を欠き、実体に合致しないものとすべきである。
(三) 被控訴人が前記競売手続において競落した右不動産が当時控訴人の所有であつたことは上記により明らかであるから、被控訴人が競落によりその所有権を取得するためには、前記競落代金三百万円全額の払込みを要したことは当然のことであり、もし、右代金から手続費用および配当すべき債権額を控除して残余を生ずるときは、それは右不動産の所有者たる控訴人に帰属すべきであつたこともまた当然である。ところで、真正にできたことに争いのない甲第二十三号ないし第二十五号証によると、前記競売手続では、競落代金三百万円から支払われるべきものとしては、競売手続費用金三万一千二百五十八円と足利信用金庫の抵当債権金百万円との計金百三万一千二百五十八円であり、金百九十六万八千七百四十二円の残余を生ずることとなつたこと、被控訴人は、前記のとおり右不動産につき被控訴人名義の登記を経由し、登記簿上抵当不動産の第三取得者たる地位を保有していた関係から、前記競落代金の払込にあたり、右競売手続費用と抵当債権との合計額だけを払込み、右残余金相当額については、結局被控訴人がその交付を受けることとなるとして、差引計算の方法により現実の払込みをすることなく、競売手続を終了させることとなつたことが明らかである。
してみると、被控訴人は、右競落により前記不動産の所有権を取得するに至つたとすべきであるところ、その取得にあたり、もともと支払うべきであつた金三百万円中右残余金相当部分の支払を免れた反面、控訴人は右不動産の所有者として取得できたはずの前記残余金の交付を受けることができず、これと同額の損害を被つたわけであって、被控訴人は、法律上の原因なく、控訴人所有の右不動産により右残余金相当額の利益を受け、ために控訴人に同額の損失を及ぼしたことになるとしなければならない。そして他に別段の主張立証のない本件では、被控訴人の受けた利益はそのまま残存するものと認めるべきであるから、被控訴人は、右残余金相当額を不当得利として控訴人に返還すべき義務を負うものであって、控訴人は、その主張のとおり、被控訴人に対し、右不当利得金の内容金百九十六万七千九百六十二円およびこれに対する控訴人主張の書面が被控訴人に到達した日の翌日である昭和三十九年十一月十七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の遅延損害金を請求する権利を有するとしなければならない(本件記録によると控訴人は右書面により控訴人主張の不当利得金を請求しており、同書面は同月十六日被控訴人に到達したことが認められる。)。
(四) 被控訴人の相殺の抗弁について考える。
被控訴人は、被控訴人が昭和三十一年二月一日控訴人に対し金百七十五万三千円を、弁済期昭和三十二年三月三十一日、利息年一割五分、期限後の損害金年三割と定めて貸渡したと主張し、控訴人が被控訴人主張の日金百万円を、年一割五分の利息の定めで被控訴人から借受けたことは当事者間に争いのないところであつて、昭和三十二年三月九日作成の公正証書である前記甲第七号証には、「被控訴人が控訴人に対し昭和三十一年二月一日金百七十五万三千円を貸渡した。右貸金は、弁済期昭和三十二年三月三十一日、利息年一割五分、期限後の損害金年三割と定めて返還する旨の記載がみられる。」しかし、同号証の記載と当審における控訴人本人の供述とによると、右公正証書にある金百七十五万三千円は、被控訴人が昭和三十一年二月一日前に貸与したという旧債権の元利であり、これに右金百万円を加えたものにつき、改めて被控訴人主張の弁済期、利息、損害金の定めをして公正証書の作成を受けたものであることが認められるから、右甲号証に書かれているとおりの貸借があつたとすることはできない。そして、被控訴人が昭和三十一年二月一日以前に貸与した旧債権については、その元本がどのような金額であつたかを確知できないことは理由一で述べたとおりであるところ、被控訴人は右旧債権の元本は金三十万円と主張し(請求原因一に対する抗弁において)、控訴人は内金二十五万円の限度でこれを認めるものであるから、右旧債権は、元本金二十五万円の貸金債権であるとするほかはない。
右のとおりであるから、被控訴人主張の自動債権たる貸金債権は、元本計金百二十五万とこれに対するその主張の割合による利息および損害金の限度でこれを肯定すべきであるところ、金百二十五万円に対する昭和三十一年二月一日から昭和三十二年三月三十一日までの年一割五分の利息は金二十一万七千八百五十二円であり、昭和三十二年四月一日から昭和三十九年一月一日までの年三割の遅延損害金は金二百五十三万三千五百六十二円となる。
被控訴人は昭和四十年六月二十八日の本件口頭弁論期日でその主張の自働債権をもつて控訴人の不当利得金返還請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をしているのであり、当時双方の債権が弁済期を経過していたことは、上記により知ることができるから、右相殺の意思表示は、右に認定した自働債権をもつてした限度で有効である。
そこで、民法の定める相殺充当の規定にしたがい、控訴人の不当利得金返還請求権百九十六万七千九百六十二円に対する充当関係を考えるに、右自働債権は、その利息および損害金の合計額だけでも控訴人の債権額を上廻わるから、まず、先に発生した利息金二十一万七千八百五十二円が充当され、その残額百七十五万百十円に対しては、前記遅延損害金二百五十三万三千五百六十二円中から右残額に達するまでの部分がその発生の順序にしたがい充当されることとなる(したがつて自働債権の元本と充当されなかつた部分の遅延損害金が残存する。)。
右のとおりで、控訴人の前記債権は、以上の相殺充当により、相殺適状の時点たる昭和三十九年十一月十六日に遡つて全部消滅したとすべきであつて、被控訴人の相殺の抗弁は理由がある。
(五) 控訴人の不当利得金返還請求は、控訴人の債権が消滅したこと上記のとおりであるから、全部失当として棄却すべきである。
三、(ろ)、(は)の各登記手続の請求について。
(一) 控訴人主張の(一)の事実のうち、控訴人が昭和三十三年十二月ころ、長谷川友治郎から金二百五十万円の融資の約束を得たので、右金員の授受に先だち、同月五日、右金二百五十万円につき控訴人主張の弁済期、利息の定めをしたうえ、借受金の弁済を担保するため、控訴人主張の各不動産につき抵当権を設定し、かつ控訴人主張の代物弁済の予約を締結して(ろ)、(は)の各登記を経たこと、被控訴人が控訴人主張の附記登記を経たことは、いずれも当事者間に争いがない。
ところで、控訴人は右融資の約束に基づく実際の貸借はなかったとするのに対し、被控訴人は、右金二百五十万円の一部として計金二十九万三千円の金員が長谷川から控訴人に貸渡されたと主張するから、この点について考える。
真正にできたことに争いのない乙第九号証と原審および当審における証人長谷川友治郎、佐藤秀雄、控訴人本人(原審は第二回)の各供述とをあわせ考えると、長谷川の控訴人に対する金二百五十万円の融資の約束は、その金額を一時貸与するという趣旨のものではなく、控訴人が山林購入資金とするため、控訴人の必要に応じ、総額金二百五十万円に達するまで逐次貸渡すという約束であつたこと、長谷川は、前記抵当権設定契約の直後、金十万円ずつを二回に貸渡したほか、登記費用および山林調査費用として計金四万二千五百円、以上合計金二十四万二千五百円を貸渡したが、これらの金員はいずれも金二百五十万円の内金として貸借がされたものであることがそれぞれ認められる。当審における証人田村房吉、控訴人本人、原審および当審における証人佐藤秀雄、長谷川友治郎の各供述中、右認定に反する部分は採用しがたい。前記乙第九号証の約束手形の金額欄には金二十九万二千五百円とあるが、右証人長谷川友治郎(原審および当審)佐藤秀雄、控訴人本人(いずれも当審)の各供述によると、控訴人は、長谷川に対し前記抵当権設定契約前から貸金五万円の債務を負担していたので、その支払方法をもかね、これを前記の金二十四万余円の借受金と合計した金額の右手形を振出したものであることが認められるから、右乙号証の金額をもつて前記融資の約束に基づく実際の貸渡金であるとすることはできない。また、真正にできたことに争いのない甲第十一号証の一には、「長谷川は金二百五十万円の債権額につき抵当権の設定を受けたが、実際に控訴人に貸渡したのは金二十九万三千円であることを確認する。」旨の記載がみられるが、同号証の日付と前記証人長谷川友治郎の供述(当審)をあわせ考えると、右甲号証は、前記の約束手形が長谷川から被控訴人の手に渡つた後かなりの日数を経て作成されたものであることが認められるのであつて、上記の認定に照らし、右甲号証の記載は、そのまま採用しがたいものである。ほかに長谷川が上記認定の額をこえて被控訴人主張の金員を控訴人に貸渡したことを認めるに足りる証拠はない。
当事者間に争いのない冒頭記載の事実および上記認定の事実によると、前記抵当権は、長谷川が金二百五十万円の融資を約し、いまだ金銭の授受のない間に右金員を現存の債権と表示してその設定登記がされたものであるけれども、かような抵当権の登記も将来現実に金銭の貸渡しが行われて成立する債権のための抵当権の登記としてその効力を有するものとすべきである。そして、本件では右融資の約束に基づき金二十四万二千五百円の貸渡しがあつたのであるから、右抵当権はこれを被担保債権とする限度でその効力を有するものであり、(ろ)の抵当権の登記は、債権額の表示において実体と異るところがあるが、このことの故にこれを無効の登記とみるべきでないと解するのが相当である。
(二) 次に、原審および当審における証人長谷川友治郎、原審における被控訴人本人(第二回)、当審における控訴人本人の各供述によると、長谷川は、昭和三十四年八月三日控訴人に対する貸金債権を前記抵当権とともに被控訴人に譲渡し、長谷川のした右債権譲渡の通知はそのころ控訴人に到達したことを認めることができるから、右債権譲渡は上記に認定した貸渡金債権の限度でその効力がある。
(三) すすんで、抵当債権の消滅に関する控訴人の主張について判断する。
控訴人は、まず、控訴人が昭和三十八年二月二十八日被控訴人との間で、被控訴人に金百万円を交付することにより被控訴人の譲受債権の全部を消滅させる旨の合意をし、同日右金百万円を被控訴人に交付したと主張する。
真正にできたことに争いのない甲第十三号証の一および七、同第十五号証と当審における控訴人本人の供述とによると、控訴人は長谷川友治郎に対し同人から融資の約束のあつた前記金二百五十万円を担保するため別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産のほか、控訴人所有の他の二筆の不動産(原判決末尾目録(三)と(九)の不動産)上にも抵当権を設定してその旨の登記を経たものであり、被控訴人は前記の長谷川からの債権譲渡受けに伴い、この二筆の不動産についても抵当権移転の附記登記を経ていたこと、控訴人は、昭和三十八年二月末ころ、右二筆の不動産を一村文人に売却することとなつたが、その売却にあたり、被控訴人の譲受債権を弁済して控訴人が長谷川に対して設定したすべての担保を消滅させるべく、松沢某に依頼して被控訴人と折衝してもらつたところ、被控訴人は、控訴人から金百万円の交付を受けることにより被控訴人が長谷川から譲受けた債権の全部が決済ずみとすることを承諾したので、控訴人は同月二十八日被控訴人に金百万円を交付したこと、ところが被控訴人は右二筆の不動産について抵当権の一部放棄を原因とする抵当権の登記の抹消登記手続をしただけで、別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産については従前の抵当権等の登記をそのまま維持していること、以上の事実を認めることができる。右の点に関し、被控訴人は、当審における本人尋問で、「被控訴人は控訴人主張のころ控訴人から金百万円の支払を受けたが、それは控訴人を代理する井戸義光なる者から現在係争外の物件である二筆の不動産(原判決末尾目録(三)と(九)の不動産)につき被控訴人の担保権を放棄してくれれば謝礼として金百万円を交付するとの申出を受けたので、これを承諾した結果右の金員の支払を受けることとなつたものであり、本件係争物件である別紙目録記載(三)ないし(七)の不動産について担保を抜くことを承諾した事実はない。」旨供述し、前記甲第十五号証と右被控訴人本人の供述(当審)の趣旨から真正にできたと認められる乙第十六号証とによると、右金百万円の授受については井戸義光なる者も関与しており、井戸と被控訴人との間には被控訴人本人の右供述にそう趣旨の内容の契約書が作られていることが認められる。しかしながら、被控訴人が長谷川から譲受けた貸金債権の元本が被控訴人主張の金二十九万三千円であるとして、これに対する昭和三十三年十二月五日以降の年一割五分の割合による利息、損害金を計算してみても、右金百万円の授受が行なわれた昭和三十八年二月二十八日現在における右譲受債権の元本、利息、損害金の合訓額は金四十八万円未満にすぎないのであるから、右金百万円が被控訴人の譲受債権を消滅させるためのものでなく、右債権担保のための共同抵当物件中一部の物件に存する抵当権のみを放棄する代償として授受されたというのは、著しく取引の常識に反し、不合理なことであつて、右被控訴人本人の供述および前記乙第十六号証の記載内容は、当審における控訴人本人の供述に照らし、到底採用しがたいものである。ほかに前認定をくつがえすに足りる証拠はない。
以上のとおりで、別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産上の抵当権は、上記の金百万円の交付による被担保債権の消滅に伴い、消滅に帰したことが明らかであるから、右各不動産の所有権に基づき、右抵当権移転の附記登記を経ている被控訴人に対し、(ろ)の登記の各抹消登記手続を求める控訴人の請求は、他の点について判断するまでもなく正当として認容すべきである。
(四) (は)の登記について考える。(は)の登記は、控訴人が長谷川との間で、貸金債権金二百五十万円を期限に弁済しないときは、その弁済に代えて所有権を移転するという代物弁済の予約を締結し、この予約をその登記原因とするものであるところ、控訴人は長谷川から金二十四万余円を借受けたにとどまり、金二百五十万円の貸金債権は、ついにその成立をみるに至らなかつたことはさきに述べたとおりである。してみると、別段の事情の認められない本件では、債務者たる控訴人が代物弁済によつて消滅するとされた金二百五十万円の一割にも満たない実際の借受金二十四万余円についても別紙目録記載(三)ないし(七)の各不動産を代物弁済の目的に供する意思があつたとは到底認めることができないから、結局右登記は実体に合致しない無効のものというべく、その抹消を免れないとすべきである(被控訴人が長谷川から譲受けた右金二十四万余円の債権が昭和三十八年二月二十八日控訴人から被控訴人に金百万円を交付して決済ずみとなつたことは上記のとおりであるから、当時被控訴人が右代物弁済予約上の権利を有していたとしても、その権利は右同日消滅したわけであり、いずれにせよ、右登記は、実体に合致しないものとなつた、被控訴人は、控訴人が実際に借受けた金員につき、前記代物弁済の予約が完結されても異議はない旨約したと主張するけれども、このようなことは乙第一号証(真正にできたことは当事者に争いがない。)によつても認めることはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
してみると、前記各不動産の所有権に基づき、(は)の登記につき控訴人主張の附記登記を経ている被控訴人に対し、(は)の登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は、他の点に対する判断をするまでもなく、正当として認容すべきである。
四、被控訴人の反訴請求について。
被控訴人の反訴請求は、被控訴人が長谷川からその主張の債権および代物弁済予約上の権利を譲受け、(は)の登記につき右権利移転の附記登記を経たことを前提とするものであるところ、長谷川の控訴人に対する金二百五十万円という債権がついに成立をみるに至らず、したがつて(は)の登記が実体に合致しないものとして抹消を免れないものであることはさきに述べたとおりであるから、被控訴人の反訴請求は、他の点につき判断をするまでもなく、失当として棄却すべきである。
よつて、以上と結論を異にする原判決は失当であるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条にしたがい、主文のとおり判決する。
(別紙)
目録
(一) 群馬県邑楽郡大泉町大字坂田字前口一七一番の二
一、雑種地 四畝二七歩
(二) 群馬県邑楽郡大泉町大字上小泉字志部二、六三〇番の四
一、同 三反三畝一四歩
(三) 群馬県邑楽部大泉町大字下小泉字松原二、一三七番の二〇五
一、同 二畝一四歩
(四) 同所 同番の二一三
一、同 一反歩
(五) 同所 同番の二一四
一、同 一反歩
(六) 同所 同番の二一五
一、同 一反歩
(七) 群馬県邑楽郡大泉町大字下小泉字松原二、一三七番の二一六
一、同 一反歩